写真が嫌いな猫なんていません!!!!

このたび、ブログ名を白うさぎから黒ねこにしました!もともと白うさぎにしたのは小学校で飼っていたウサくんの存在が大きいです。私や他の飼育委員の生徒は彼のお世話をしていたのですが、彼は暴れん坊でしょっちゅう人を噛んだり爪で引っかいたりと飼育委員の生徒と先生に随分嫌われていたのです。なぜか例外的に私にだけは懐いていて一切危害を加えてこなかったのでうさぎという生物が好きになったことと、アメリカの大学に入ってからお世話になった教授に白いうさぎは幸福の象徴だと伺ったからです。

 

しかしながら、3年生になって黒猫の弾吉クンに出会って以来日増しに黒猫よりの気持ちが大きくなってしまいました。特に前学期の最後のほうは冬に近づくにつれ気温が下がったこともあり図書館で勉強しているとほぼ毎回弾をひざにのっけて勉強していましたから。その上、私事ですが今年は大学院に入学するために大事な一年になるので

草食獣から肉食獣に

白から黒

D4Cよりキラークイーン

ということで、より獰猛で前のめりな生物として、白うさぎから黒ねこにしようと思いたちました。

 

それから、完全に蛇足ですが戌年に対する対抗心もあります。あまり人に言うと人格を疑われるのであまり口にはしないのですが私は犬が嫌いです。苦手ではなくハッキリと嫌いです。近頃はキャンパス内でも(盲導犬介助犬ではない)犬の散歩をしている人が目立ち、嘆かわしい限りです。そもそも「犬が嫌い」という発言がなぜ問題視されるかというと、童謡「いぬのおまわりさん」やジョジョ4部の描写をはじめとしたメディアにより「犬=正義」という漠然としたイメージが多くの方に共有されているからであって、実際の犬は狂犬病だったりいたずらに人を噛んだり吠え付いたり、逃げようとしても追っかけてきたりとなかなか迷惑な生物です。もちろん警察犬やシロアリの発見犬として仕事をして活躍する犬もいるにはいますが、全体のうちではそう多くはないでしょう。というわけで、戌年の今年こそ猫の生態や心理を勉強したり自分の中をできるだけ猫でいっぱいにしようと言う魂胆です。

 

前置きが随分長くなりましたが、私の見た限りでは猫には自意識があってそれが「写真が嫌いな猫なんていない」とつながっているように思えます。まず、猫には自意識があるという説です。キャンパスは森の中にあるため、りす、鹿、牛、ふくろうなどなどの野生動物と移動中に会うことが多いのです。私は共生の精神を大切にしているので、野生動物の皆さんがすれ違うたびに小さく日本語で「こんにちは」「どーも」などの挨拶をするのですが、皆さん無視されます。しかし猫さんの場合、何もせずに通り過ぎようとすると向こうから「ニャー」と挨拶されることが多いです。その姿からは「猫だよ~」という自意識を感じます、言うならば自分が何者かわかっているからこその挨拶と言った感じです。

〈野生動物のみなさん〉

1、木漏れ日模様がぬけきっていない小鹿さん

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2、暑くてバッタリのリスさん

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3、必死なキツツキさん

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4、ちっちゃ~い野うさぎさん

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などなど、目線がいただけていない写真ばかりでした。しかし、猫さんの場合は違います。どれもこちらに目線をいただけているか、こちらのお願いしたポーズばかりです。大学に入る前の友達や母の妹に聞いたり、他の猫ブログさんを拝見したところやはり猫には「猫だよ~」感があるのと、それが写真好きに通じているのかな、と考えます。やっぱり自分の存在に確信がないと写真でポーズなんかとれませんからね。

〈猫さんたち〉

1、階段近くのハチワレさん

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2、アメリカに来たならば!!アメリカンショートヘアさん。哲学的な表情をしてます

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3、最後にドヤ顔弾クン!自分に自信がなければこんな顔できないと思う。

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結論:猫に自意識があろうとなかろうとやっぱり弾吉が一番です。